2022年上半期良かったもの 映画編

 2022年も既に半分が終わろうとしていて、27歳(推しの享年)が目前に迫っていることに絶望していたら、好きなYouTuberが2022年上半期良かったものを紹介していた。

 これに触発されて自分も2022上半期に出会えて良かったものを、備忘録とマーケティングを兼ねてつらつら綴ってみようと思う。

 『2022年上半期に発表されたもの』ではなく『2022年上半期にわたしが出会ったもの』なのでご了承されたし。

 思ったより文字数が伸びちゃったのでこの部門は3つに絞ります。

 

神と共に

 先に懺悔しておくと、ン億年ぶりにブログ記事なんて書こうと思い立った動機の五割はこれをオタクにマーケティングしたかったからです……おかしい……同好の士は全員通過済みでもおかしくないのに……。

 埋め込みの関係でAmazonのリンクを載せているが、見放題に対応しているのはネトフリ。それから題字に「第1章」とある通り、第1章と第2章の二部構成。第2章が真髄ながら、第2章を100%楽しむには第1章の前提が不可欠なので、前後編と表現しても良い。

 死んだ人間は冥界で七つの裁判にかけられ、すべての法廷で無罪を勝ち取れば現世で生まれ変わる……という世界観において、それらの裁判を弁護する冥界の弁護人たちのお話。

 四の五の言うよりまずは以下のメインビジュアルを見てもらえれば大方の世界観は伝わると思う。

https://www.amazon.co.jp/%E7%A5%9E%E3%81%A8%E5%85%B1%E3%81%AB-%E7%AC%AC%EF%BC%92%E7%AB%A0%EF%BC%9A%E5%9B%A0%E3%81%A8%E7%B8%81-%E5%AD%97%E5%B9%95%E7%89%88-%E3%83%8F%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%A6/dp/B07ZWX3WJY

 後ろに異常な存在感のマ・ドンソクがおわしますが、ひとまず気にしないで欲しい。手前の三人が冥界の使者たちである。ほら……強面で鉄面皮のリーダー格(中央)、どこか不敵で涼しい顔立ちをした男(左)、そんな男たちに囲まれたちんまくて可愛い女の子(右)、このスリーマンセルという時点で何だかちょっとわくわくしませんか?

 画面上部で彼らがE.T.の自転車さながら元気に跳躍している図を観たら察せるかもしれないが、世界観や絵面はたいへんファンタジック。それまで血と硝煙にまみれた韓国ノワールものばかり観てきたわたしにとって、CGをふんだんに活用した画面は新鮮だった。このテイストを『韓国版マーベル』と表現したら、マーベルのオタクに「マーベルよりも中身がある」と訂正されましたが、真偽のほどはコメントを差し控えます。

https://movie.jorudan.co.jp/cinema/37480/

 第1章は映画冒頭で消防士の男が殉職してしまうシーンから始まる。霊体となって自分の死体を呆然と眺める消防士に、冥界の使者たちが話しかける。「死ぬの初めてだから心配だよね!」それはそうだろ。

 冥界の使者たちは、この男が地獄に堕ちず現世で生まれ変われるように、最善を尽くして弁護を行う。七つの裁判があると先述したが、罪のジャンルごとに地獄が分かれていて、たとえばいくつか例を挙げると、

  • 殺人地獄:直接的、間接的にかかわらず殺人に関与していたかどうかを審判する。刑法に拠らず、自殺を見過ごしたとか、そういったものも審議される。
  • 怠惰地獄:人生を無駄に過ごしたかどうかを審判する。この地獄通過できる人間いる?
  • 天倫地獄:親不孝だったかどうかを審判する。この地獄が最後の関門であるあたりに、儒教的な思想がベースになっているのが窺える。

……などである。地獄ごとに逆転裁判狩魔豪みたいな地獄の長が控えていて、冥界の使者たちは頑張って被告人=殉職した消防士がいかに生前尊い人生を歩んできたかというのを説くわけである。

 消防士は自己犠牲で利他的な人となりで、冤罪に問われでもしなければ大丈夫っしょという感じで冒頭は進んでいくのだが、彼の家族関係に切り込んでいくにつれて雲行きが怪しくなってきて……。

 というのが第1章。第2章は、新たな被告人が出てきつつ、第1章では明らかにならなかった冥界の使者たちの過去を紐解いていく。正直、「神と共に」全体の情報量を10とすると、第1章が3、第2章が7とかなので(当社比)、登場人物たちにまったく心惹かれなかったとかでもない限り、第1章を観た人はそのまま第2章まで完走して欲しい。鮮やかな伏線回収に驚愕するし、「ファンドは必ず好転する」って断言するマ・ドンソクも観られる(どういう販促?)。

 それから新しき世界を観たことのあるオタクへ。イ・ジョンジェ閻魔大王役で出てきてウケます。

https://cinefil.tokyo/_ct/17264177

 韓国映画、わたしが言及するのは血なまぐさいノワールものに偏っていて、ちょっと偏向報道している自覚があるんですが、これは良い意味でエンタメでした。

https://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%8D%E4%B8%96%E7%95%8C-DVD-%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7/dp/B00K2SQ90K

 

 第2章まで観終えると彼らに対して「愛しいなあ……」しか言えなくなる。

さがす

www.amazon.co.jp

 万人受けはしないだろうなと思いつつ、大好きなので挙げます。ボン・ジュノ(『パラサイト』、『殺人の追憶』他)の助監督をつとめていた片山慎三氏が監督/脚本。イクニに対する古川知宏やん!(?)と思って興味を持った。

 『愛の夢第三番の使い方が最悪な作品コンテスト』が開催されたら諸手を挙げてこの作品を推薦します。褒めています。<閑話> ドラマ『dele』5話の愛の夢第三番の音ハメもえげつないのでオススメです)</閑話>

 大雑把な分類としてはサスペンスである。うだつの上がらない父親・原田智(佐藤二朗)と気丈な娘・楓(伊東蒼)、そして指名手配中の連続殺人犯、山内(清水尋也)の人生が交わる群像劇。

 粗暴ながらもたしかな父娘の絆を嗅ぎ取った頃に、父親が「お父ちゃんな、指名手配中の連続殺人犯見たんや、捕まえたら300万もらえるで」と言い残して失踪してしまう。唯一の肉親の行方をさがしもとめて、楓は中学生と思えない行動力で以て奔走する。

 一癖も二癖もある登場人物たちと、佐藤二朗という絵面が手伝っているためか、題材のわりにいくらか緊張感は緩和されているものの、それが却って奇妙な味わいを呈しているのが今作である。泣けばいいのか笑えばいいのか分からない、悲しめばいいのか喜べばいいのか分からなくて、情緒酔いする。

https://sagasu-movie.asmik-ace.co.jp/

 清水尋也演じる連続殺人犯・山内は、サイコパスしぐさがとにかく巧くて、こんなに顔が綺麗なのに本能的な忌避意識を喚起させられる。自分はこの手の猟奇表現にはそれなりに耐性があると自負しているが、血は一滴も出ていないし何の暴力表現もないのに「めちゃくちゃ怖いな」と思うシークエンスがあった。

https://sagasu-movie.asmik-ace.co.jp/

 佐藤二朗演じる父親・原田智は、ネタバレになるので詳しい言及は避けるのだけど、『観客を急に突き放す』メソッドがとても良かった。何を以て『突き放す』なのかは観たら分かる。わたしはこの手の梯子外しが大好きだ。

https://sagasu-movie.asmik-ace.co.jp/

 で、上記二人の怪演に食われていない伊東蒼がめちゃくちゃすごい。あまりに劇中に溶け込んでいるので観ている間は気づかないけど、こうして文字にしてみると俳優として若き天才すぎる。

 「さがす」は劇中で比較的メジャーな、ある社会的議題に言及しているのだが、その是非を論じることが主題ではないと感じた。それなら「さがす」という題にはしないと思う。父親が巻き込まれた一連の事件に対して、年端も行かない娘が「さがし」出したものは、ひどく残酷だけど、同時にこの映画を非常に倫理的な仕上がりにしている。結末で抱かされた感情は、自分の倫理観と地続きになっている気がして、「真面目な映画だなあ……」と感心した。

 親と一緒に観たくない程度のグロとエロがあるけど、ノイズにはならない。冷たい熱帯魚と比べればゴールデンタイムに流せる(比べる対象がおかしくないですか?)。

 

工作 黒金星と呼ばれた男

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 2022年上半期って、厳密にはまだ終わっていないんだけど、のこり10日あまりでこれを越える映画は観ないだろうということで記事を書くに至った。これ、ずっと観たかったけど「観ちゃうの勿体ないなあ……」って数か月あたためてたんですよね。結論から言うと2022年上半期ベストである。

 別に年始一発目にただ悪より救いたまえを劇場で観て「やっぱりファン・ジョンミンは最高なんじゃ~~~」となった勢いでウォッチリストに入れたわけじゃないですよ。そんでもって今回の記事にただ悪も含めたかったけど、そしたら「2022年上半期良かったもの 韓国映画編」になるからぐっと堪えてこっちだけを採用する。

 別に意識して韓国映画ばかりを観ていたわけじゃなくて、良かったものを挙げると韓国映画ばかりになっちゃうんだよなこの上半期。期待してたアニメ映画が軒並みいまいちだったこともあるかもしれない。

https://news.hulu.jp/kosaku/

 今作に話を戻すと、敢えてかなり雑なマーケティングをするならば「韓国版クーリエ」です。クーリエも最高の映画なのでよろしくお願いします。クーリエは冷戦真っ只中のロシア、もといソ連に、CIAとMI6の依頼で英国人のセールスマンが潜入する話だったけど、今作はもう少し近年の1990年代、韓国の軍人が事業化に扮して核開発に舵を切った北朝鮮に潜入するという話。

 事実ベースなので、フィクショナルな起承転結やアクションシーンがあるわけではないが、国境を越えた途端に『監視されている』という張り詰めた緊張感が走って、ずっとはらはらしながら見入ってしまう鑑賞体験は、やはりクーリエに通ずるものがある。軍服と共産主義が似合いすぎてるチュ・ジフン(上に紹介した『神と共に』のヘウォンメク役である)だけは絵面良すぎてフィクションじみている。

 

https://cinefil.tokyo/_ct/17285485

 拷問されてえ~。

 

 作中、金正日が代役で出てくるんだけど、それがメタ的に「こういった映画を作れる程度には南北の関係は緩和されているのかな」という示唆を与えるのが、ドキュメンタリ映画として非常にうまいつくりだなと感じた。何せ作中では、南の広告を北の映像で撮りたいというだけで、金正日に面会するみたいな流れがあるから。クーリエもそうだったけど、わたしはいかんせん不勉強なので、*1教科書に載らない人たちの活躍を、こういった良質な創作物で知る機会が得られるのはとてもありがたい。

 クーリエを先に観ていたこともあってか、ラストシーンにはふつうに泣いた。正直ショーシャンクのラストの海くらいの感情瞬間風速があった。同時に「やっぱりソ連がいちばんこええや」という奇妙な感情にもなった。

 潜入元と潜入先の男二人の大義と友情に報いる構成にはもちろんのこと、もうひとつ、自分でもちょっと思いもよらなかったところで心を打たれている。作中では1997年の韓国の大統領選挙も重要なファクターになるのだが、新宿みたいな都心地で老若男女がひしめき合って、開票結果をいまかいまかと見守るシークエンスがある。当選者が発表されると、支持者たちは泣いて喜ぶ。北がよろしくないことになっている中、かれらが自分ごととして大統領選挙を見守っているようすに、どちらかといえば『政治に無関心な若者』であるところの自分は何だか凄まじい自省に駆られてしまった。調べてみたら当時の大統領選挙の投票率は80%だったらしい。

https://www.cinemacafe.net/article/2019/07/22/62660.html

 ……とまあ何だか急な自省のニュアンスで締めくくってしまったけれども、わたしが勝手にそういう感じ方をしてしまっただけで、黒金星はそう身構えずともちゃんと魅せてくれるドキュメンタリ映画である。

 クーリエが好きな人にはぜひ観て欲しいし、クーリエを観たことがない人はどっちも観てほしい(強欲)。そしてたしかに存在した影の立役者に思いを馳せてほしい。

 

 

 以上、2022年上半期良かった映画セレクションでした。

 

*1:*余談:この手の主題を掲げる映画として『犬王』も上半期に観たけれども、ミュージカル・アニメとして建てつけるには諸々の表現が嚙み合っていないように感じていまいち没入できず。スタッフとキャストが豪華なだけに勿体ない印象だった……。