リップヴァンウィンクルの花嫁
邦画の好き嫌いかなり激しい自分が平日の夜に3時間の邦画をするっと完走するとは思わなかった。良い意味で3時間もあったとは思えない魔力がある。こういう出会いがあると自分の嗅覚を褒めてやりたい気持ちにもなる。
この映画に行き着いたきっかけは監督脚本の岩井俊二で、続けてCoccoの文字が見えたのが観る動機になった。
Coccoもとい真白が出てくるまでのつごう一時間は、ぜんぶ観終わった後に思い返してみるとプロローグに過ぎなかったなという気がするけど、流されてばかりの七海にとくべつ苛立ちも退屈せず真白の登場まで漕ぎ着けることができたのはメフィストフェレス綾野剛もとい安室さんのおかげだと思う。むしろ七海が危うければ危ういほど安室さんがどれだけ彼女の人生をめちゃくちゃにしてくれるんだろうというワクワクが勝ってしまった(最悪)。「100万。」っていう安室さん怖かったな……。
明らかに監視カメラと分かる画角でシーンを入れることによって、観客に先に「後でこの映像を第三者に入手される可能性がある」ことを提示するのが、うまいな〜!と感服した。このヒントがあるからこそ安室さんの「シャワー浴びて時間稼いでください」で背筋が震えるんだよね……。どうでもいいけど、何かのモニタリングドッキリ系のバラエティ番組で綾野剛が自力で監視カメラ勘付いた回が性癖すぎて、綾野剛が監視カメラ外すだけで興奮する身体になってしまったので勘弁してほしいです。
メタ的にCoccoを知っていることを差し引いても真白の「何か始まる」と思わせる存在感がすごい。役柄の親和性もあるんだろうけど、演技普通にめっちゃ上手いなあ……。
カラオケのシーン、気が狂うくらい良かった。まさかCoccoがユーミンの「何もなかった」を歌うのを、映画のワンシーンとして観れるとは……こういうのあるから前情報を断つのやめられねえんだよな。野田洋次郎のカメオ出演も全然知らなかったので「え!?」て声出た。Coccoと野田洋次郎が共演することってあるんだ。こういうのがあるから以下略。
「花とアリス殺人事件」のせいだろうけど、七海がお屋敷に越してきたあたりで「岩井俊二の画だ……」というピークが最高潮になった。コテコテのクラシックメイド服を着るのとか、実写としてはわざとらしい画になるはずなのに、そう感じさせないのは、白昼夢めいた画作りのお陰なんだろうか。都合良く服があるのも後半で「かつて"そういう"スタジオだったから」って種明かしがあるのも良い。
広いお屋敷に一人で住んでぜんぜん片付けができないのとか真白っぽいんだけど、毒を持つ生き物たちの世話だけはしっかりしてたのが死の予行練習だけ本気っぽい感じ。こわーいとか言ってたのも演技だったのかな。回りくどくてちょっと画の都合という感じもするけど、安っぽいリスカの演出とかよりはよっぽど良い。
「今日はタコが来たんですよ、毒があるから触っちゃダメですよ」「そう言われたら触りたくなっちゃう」のとこ、もうこのふたりが始まっちゃうかもしれないと思って百合厨はドキドキした……真白が七海の胸に耳を当てて、「どく、どく……」て言うの、シンプルな駄洒落なのに、生と死の両儀的なメタファーとして成立していてセクシーだった。
ウエディングドレス試着のシーン、女二人にそこまでしてくれるか? とか野暮な気持ちがぜんぶ吹き飛ぶくらい、綺麗で、眩しくて、美しくて、普通にめっちゃ泣いた。本来は有り得ないんだろうなって哀しい諦観も相まって、ずっと夢の中みたいなシーケンスで……前半でクソつまんねえ定番の結婚式をしっかりめにやったことが、ここで対比として効いてくる。馬車道ってのがまた個人的なヘキを突かれる。
ほんとに結婚しちゃう? でしちゃってもいいかも、みたいな返し方をする七海には、やっぱり流されがちな性分を感じてしまうけど、でも、安室さんの「このことは真白さんに言わないでくださいね」という言付けを破って「仕事として雇わないで、一緒にずっと住みましょう」って七海から言えたことは、大きかったと思うんだよな。引っ越したあとの二人が観たかった……。
真白はどの時点で安室さんに明日死にますのメッセージを送ったんだろう。見返したらタイムスタンプがついてるかな? 結婚式ごっこをする前から決めていたんだとしたら少し悲しい。でも七海が一緒に住むと言ってくれた時点で、彼女の「幸せを受け取れる限界」は越えていたのかもしれない。「優しさが怖いからお金を払う、お金はそのためにあると思う」って独白はこれからも折に触れて思い出す気がする。七海が毎度けっこうなことを安室さんに頼んでて、多分破格の値段なのに「結構するんですね……」て言ってたのもまた対比だ……。
直近で履修したペルソナ3もそうなんだけど、「勝ち逃げ」みたいな死はずるいよな……。
安室さんの「末期がんだったんですよ」まで彼の仕組んだ嘘だったらどうしよう……と震えていたのでお葬式のときレズプレイした同僚が事実を保証してくれて安心した(ここにまで安室さんが介入していたら怖いね)。これが洋画で、七海と真白があのキスからそのまま行為に及んでいたら、七海がしこりに気づいてしまって真白が勝ち逃げできない。
真白の母親に会うシーン、全裸で焼酎を飲むという荒唐無稽な画と母親の悔恨が、この映画でしか成立しないコンテキストで噛み合っていたので、素直に感動した。安室さんが脱ぎ始めた時は「いやお前も脱ぐんかーい!」と脳内で突っ込んだけど。役者はすごい。
水割りでもないストレート焼酎をごくごく飲んで「美味しいです!」って言う七海は強かったよ……。
安室さんのせいで、何を信じていいのか分からなくなる今作だけど、「リップヴァンウィンクルの花嫁」ってタイトルが、安室さんの手の及ばない次元の情報がわたしたちを救ってくれる。
ほんとこうして思うところを書いてみても、3時間って尺を感じさせない魔力の正体は分からなかったな。不思議な映画。
(蛇足)
ランバラル、まったく記憶に引っかからないキーワードだったので観終わってから調べたらアムロ・レイを育てた人の名だったので笑った。ガンダム大好きじゃねーか! カムパネルラとかリップヴァンウィンクルの中に違和感なく紛れ込むんじゃないよ。
あとベタは水槽で飼ってあげて……。
好きな曲について喋る 1/3
Music Askなるものを見かけて、毎分毎秒脈絡なく好きな音楽について喋りたい人間は、やらずにはおれなかった。
付記している訳は筆者訳。
1曲ずつ語ってたらけっこうな文字数になったので、3回に分ける。書き切れますように。
1. A song you like with a color in the title(曲名に色が入っている好きな曲)
水色の街 / スピッツ
会いたくて 今すぐ 間違えたステップで 水色のあの街へ
スピッツでいちばん好きかもしれない。スピッツは全体的に「青い」イメージがあるけれど、わたしの好きな青を想起させられるのはこの曲。「頸の匂い」の「くび」が「頸」なのがいい。皮膚越しの骨の質感とかが伝わってきて。
2. A song you like with a number in the titel (曲名に数字が入っている好きな曲)
五月の蠅 / RAD WIMPS
空が蒼いように 華が散るように 君が嫌い 他に説明は不可
君が主演の映画の中で 僕はそう最強最悪の悪役
わたしは「前前前世」はRADである必要がないと考えているタイプのRAD好きなのだけど、五月の蠅は新海誠でRADを知った層を殴るのにちょうどよい歌だと思う(何を言っているの?)。最悪すぎる思想の開陳はさておき、「へっくしゅん」にしろ、「PAPARAZZI ~*この物語はフィクションです~」にしろ、わたしは憤りや屈託や呪詛をうたう洋次郎が好きだ。好きな人間を神聖化する男、その信仰が壊れたときがいちばん見応えがあるから……。
3. A song that reminds you of summertime (夏を想起させる曲)
そなちね / Temparay
あの夏霞の海岸通り タバコに火をつけたった1人
こめかみの奥向けた自由が 終わりを告げる風のしらべ
夏というより、晩夏だ。いつか絶対に映画を作ってほしいクリエイティブ集団PERIMETRONがMVを手掛けていることから知ったのだけど、この曲をきっかけにTemparayのことが大好きになる。胡乱なコード進行から始まるイントロからは想像もつかないサビが展開されて、高湿度な暑さの中に一抹のさわやかさをとらえる瞬間を想起させられる。韻の踏み方も気持ち良い。
あと前述のMVもめちゃくちゃすごい。映画じゃないのが勿体ないくらいの世界観。
4. A song that reminds you of someone you would rather forget about(忘れたい人を思い出してしまう曲)
コンパートメント / 松任谷由実
やがて私は着く 全てが見える明るい場所へ
けれどそこは朝ではなく 白夜の荒野です
忘れたい人、特に思い浮かばなかったので、忘れたい人が忘れられなくて眠剤自殺する女性を歌ったユーミンの曲をこの場を借りて紹介します。
ユーミン、大衆的には「優しさに包まれたなら」とか「恋人はサンタクロース」とかの印象が強いと思うけど、あの言語野と声色で人間の死や愚かさや諦念に言及されると恐怖や悲嘆を通り越して畏敬の念をいだくような曲が仕上がるのである。ユーミンへの「畏敬」を語り出すとそれだけで一記事書けてしまうので、別の機械に……。
眠剤自殺を仄めかす歌詞や雑踏の演出もまあすごいんだが、引用しているフレーズは特にユーミン言語野の最骨頂だと思う。これまで出会ったあらゆる歌詞の中でいちばんうつくしい。自分の墓石に掘りたい。「荒野」は「こうや」ではなく「あらの」と読む。このフレーズで終わるんです、この曲。夢の中でしか見られないような情景を残していく。
ちなみに「ジェラシーと云う名の悪魔」と迷った。
「離れていくことが正しいのならなぜ出会ったの」
5. A song that needs to be played LOUD(大音量で聴きたい曲)
Breath of a Serpent / ludoWic
Katana ZEROというゲームの挿入曲(インスト)だ。Katana ZEROはインディーズ・ゲームで一世を風靡したHotline Miamiをオマージュしていて、麻薬みたいな音楽を聴きながらいかにスタイリッシュに殺人をこなすかということに耽溺できるアクション・ゲームである。ただそういったプレイヤーの習性を明確に皮肉ったHotline Miamiとは異なり、メタフィクショナルな演出と共に展開されるSF的なストーリーが(略)曲を紹介する記事なこと忘れてた。ともあれ全体的に極めて秀逸なKatana ZEROサウンド・トラックの中でも、個人的にいちばん血湧き肉躍る一曲だ。曲名を直訳すると「大蛇の息遣い」なのだけど、この曲がかかるシーンもあいまって、じっとりとその機会を窺う巨大な殺意を思わせる曲調は、低音域ブーストして大音量で聴きたくなってしまう。Katana ZERO、(たぶん)(恐らく)(願わくば)(広義には)そろそろDLCが出るので、そのタイミングでまた触れる人が増えたらいいな。
いや本当にサウンド・トラックが最高なんですよ、Katana ZERO。
6. A song that makes you want to dance(踊りたくなる曲)
Beat Drop / Simon Curtis
Let it in your body and the party won't stop
'Cause it's seven kinds of naughty when you let the beat drop
踊らないので、悩んだ。脳内で推しを躍らせがちな曲を選んだ。Simon Curtisの曲は外れがなくてどれも好きなのだが、Beat Dropが1位、ほかが同率2位って感じだ。そのくらいSimon Curtisの曲って謎の安定感がある。Beat Dropはサビのスマートな疾走感が良い。
7. A song drive to(ドライブで聴きたい曲)
Never coming home / Sting
A place to sleep, a place to stay
Will get her through another day
「夜の高速道路で聴きたい曲」というジャンルが存在すると信じているのだけど、この曲はとりわけイントロの時点で夜の中を流れていく照明灯が見える。Stingの引き出しの多さには驚く。静かでシリアスな曲調ながらも、間奏のピアノも含めて終始軽やかな疾走感が横たわっているのは、半ば衝動的に恋人の元を去る女のことを歌っているからかもしれない。高速道路を抜けたら「Stolen Car」を聴くのも良い。
8. A song about drugs or alcohol(薬か酒にまつわる曲)
MARENOL / LeaF
メアノール錠、
その薬はお医者さんから処方されたものではなく私が勝手に買った抗鬱剤だ。
(インスト曲のため、歌詞ではなく公式の曲解説からの引用)
いわゆる音ゲー界隈曲なんだけど、MVがR-18Gな上に動画内警告から絶叫までの猶予が短すぎて笑ってしまう。音ゲーの譜面も頭おかしい。ダブステップとヴァイオリンの組み合わせに弱いんだよね、deemoのMarigoldとか。後半で時計の秒針のような拍打ち?がわずかにずれていくのが、ドラッグ中毒演出として似つかわしいと同時に音ゲー殺しでかなり良い。
9. A song that makes you happy(幸せになれる曲)
曖昧で美しい僕たちの王国 / For Tracy Hyde
白い城壁があり 汚したい欲がある
口にさえしなければ 怯えることもない
なんだろう、「好きな曲を聴いて幸せ~」という感情はあるけど「幸せになりた~い」というモチベーションで曲を聴くことはあまりないので、これもやや悩んだ。
For Tracy Hydeのことは「あたたかくて甘い海」で知ったのだけど、甘めのボーカルとシューゲイズ、「海」に言及されることの多い歌詞から、夏の海辺、足の裏にざらつく砂、みたいな印象が強い。独りよがりな抽象表現が増えてきたな。
この曲はイントロからずっとスキップしてるような晴れた日に自転車で走っているような爽やかなリズムが刻まれているんだけど、男性ボーカルと女性ボーカルの感傷の塩梅が良くて、いたずらに明るい曲よりもこのくらいのテンションで寄り添ってくれる曲の方が顔をあげられるよねみたいな、そんな気持ちで選んだ。
10. A song that make you sad(悲しい気持ちになる曲)
日曜日の太陽 / THE NEWTRAL
思い出にしがみつく僕を見透かしたように
太陽はやけに僕を突き刺していた
いやもう「なるたる」のED曲とか、そんなことは関係ない。ハーモニカが軽快に鳴っているのにこんなに悲しい曲をほかに知らない。良く晴れた日曜日に公園のベンチとかにひとり座ってぼーっとしていると、脳裏にこの曲が鳴り響いて急に人生を俯瞰してしまうことがままある。何て曲だ。
「いつか君と話していた~」からの声色の変化がすごくて、明るい曲調でももう誤魔化し切れない悲嘆に溢れていく。サビが終わってAメロを繰り返して、ああそれでも人生は続いていくんだよなという思いに駆られてからの、「君はもういないと知ったんだ」でぱったりと音が途絶えてしまう余韻は凄まじい。
「日曜日の太陽」って曲名だけでも正直ちょっとくらう。坂本真綾の「月曜の朝」くらいくらう。
2022年上半期良かったもの 映画編
2022年も既に半分が終わろうとしていて、27歳(推しの享年)が目前に迫っていることに絶望していたら、好きなYouTuberが2022年上半期良かったものを紹介していた。
これに触発されて自分も2022上半期に出会えて良かったものを、備忘録とマーケティングを兼ねてつらつら綴ってみようと思う。
『2022年上半期に発表されたもの』ではなく『2022年上半期にわたしが出会ったもの』なのでご了承されたし。
思ったより文字数が伸びちゃったのでこの部門は3つに絞ります。
神と共に
先に懺悔しておくと、ン億年ぶりにブログ記事なんて書こうと思い立った動機の五割はこれをオタクにマーケティングしたかったからです……おかしい……同好の士は全員通過済みでもおかしくないのに……。
埋め込みの関係でAmazonのリンクを載せているが、見放題に対応しているのはネトフリ。それから題字に「第1章」とある通り、第1章と第2章の二部構成。第2章が真髄ながら、第2章を100%楽しむには第1章の前提が不可欠なので、前後編と表現しても良い。
死んだ人間は冥界で七つの裁判にかけられ、すべての法廷で無罪を勝ち取れば現世で生まれ変わる……という世界観において、それらの裁判を弁護する冥界の弁護人たちのお話。
四の五の言うよりまずは以下のメインビジュアルを見てもらえれば大方の世界観は伝わると思う。
後ろに異常な存在感のマ・ドンソクがおわしますが、ひとまず気にしないで欲しい。手前の三人が冥界の使者たちである。ほら……強面で鉄面皮のリーダー格(中央)、どこか不敵で涼しい顔立ちをした男(左)、そんな男たちに囲まれたちんまくて可愛い女の子(右)、このスリーマンセルという時点で何だかちょっとわくわくしませんか?
画面上部で彼らがE.T.の自転車さながら元気に跳躍している図を観たら察せるかもしれないが、世界観や絵面はたいへんファンタジック。それまで血と硝煙にまみれた韓国ノワールものばかり観てきたわたしにとって、CGをふんだんに活用した画面は新鮮だった。このテイストを『韓国版マーベル』と表現したら、マーベルのオタクに「マーベルよりも中身がある」と訂正されましたが、真偽のほどはコメントを差し控えます。
第1章は映画冒頭で消防士の男が殉職してしまうシーンから始まる。霊体となって自分の死体を呆然と眺める消防士に、冥界の使者たちが話しかける。「死ぬの初めてだから心配だよね!」それはそうだろ。
冥界の使者たちは、この男が地獄に堕ちず現世で生まれ変われるように、最善を尽くして弁護を行う。七つの裁判があると先述したが、罪のジャンルごとに地獄が分かれていて、たとえばいくつか例を挙げると、
- 殺人地獄:直接的、間接的にかかわらず殺人に関与していたかどうかを審判する。刑法に拠らず、自殺を見過ごしたとか、そういったものも審議される。
- 怠惰地獄:人生を無駄に過ごしたかどうかを審判する。この地獄通過できる人間いる?
- 天倫地獄:親不孝だったかどうかを審判する。この地獄が最後の関門であるあたりに、儒教的な思想がベースになっているのが窺える。
……などである。地獄ごとに逆転裁判の狩魔豪みたいな地獄の長が控えていて、冥界の使者たちは頑張って被告人=殉職した消防士がいかに生前尊い人生を歩んできたかというのを説くわけである。
消防士は自己犠牲で利他的な人となりで、冤罪に問われでもしなければ大丈夫っしょという感じで冒頭は進んでいくのだが、彼の家族関係に切り込んでいくにつれて雲行きが怪しくなってきて……。
というのが第1章。第2章は、新たな被告人が出てきつつ、第1章では明らかにならなかった冥界の使者たちの過去を紐解いていく。正直、「神と共に」全体の情報量を10とすると、第1章が3、第2章が7とかなので(当社比)、登場人物たちにまったく心惹かれなかったとかでもない限り、第1章を観た人はそのまま第2章まで完走して欲しい。鮮やかな伏線回収に驚愕するし、「ファンドは必ず好転する」って断言するマ・ドンソクも観られる(どういう販促?)。
それから新しき世界を観たことのあるオタクへ。イ・ジョンジェが閻魔大王役で出てきてウケます。
韓国映画、わたしが言及するのは血なまぐさいノワールものに偏っていて、ちょっと偏向報道している自覚があるんですが、これは良い意味でエンタメでした。
第2章まで観終えると彼らに対して「愛しいなあ……」しか言えなくなる。
さがす
万人受けはしないだろうなと思いつつ、大好きなので挙げます。ボン・ジュノ(『パラサイト』、『殺人の追憶』他)の助監督をつとめていた片山慎三氏が監督/脚本。イクニに対する古川知宏やん!(?)と思って興味を持った。
『愛の夢第三番の使い方が最悪な作品コンテスト』が開催されたら諸手を挙げてこの作品を推薦します。褒めています。<閑話> ドラマ『dele』5話の愛の夢第三番の音ハメもえげつないのでオススメです)</閑話>
大雑把な分類としてはサスペンスである。うだつの上がらない父親・原田智(佐藤二朗)と気丈な娘・楓(伊東蒼)、そして指名手配中の連続殺人犯、山内(清水尋也)の人生が交わる群像劇。
粗暴ながらもたしかな父娘の絆を嗅ぎ取った頃に、父親が「お父ちゃんな、指名手配中の連続殺人犯見たんや、捕まえたら300万もらえるで」と言い残して失踪してしまう。唯一の肉親の行方をさがしもとめて、楓は中学生と思えない行動力で以て奔走する。
一癖も二癖もある登場人物たちと、佐藤二朗という絵面が手伝っているためか、題材のわりにいくらか緊張感は緩和されているものの、それが却って奇妙な味わいを呈しているのが今作である。泣けばいいのか笑えばいいのか分からない、悲しめばいいのか喜べばいいのか分からなくて、情緒酔いする。
清水尋也演じる連続殺人犯・山内は、サイコパスしぐさがとにかく巧くて、こんなに顔が綺麗なのに本能的な忌避意識を喚起させられる。自分はこの手の猟奇表現にはそれなりに耐性があると自負しているが、血は一滴も出ていないし何の暴力表現もないのに「めちゃくちゃ怖いな」と思うシークエンスがあった。
佐藤二朗演じる父親・原田智は、ネタバレになるので詳しい言及は避けるのだけど、『観客を急に突き放す』メソッドがとても良かった。何を以て『突き放す』なのかは観たら分かる。わたしはこの手の梯子外しが大好きだ。
で、上記二人の怪演に食われていない伊東蒼がめちゃくちゃすごい。あまりに劇中に溶け込んでいるので観ている間は気づかないけど、こうして文字にしてみると俳優として若き天才すぎる。
「さがす」は劇中で比較的メジャーな、ある社会的議題に言及しているのだが、その是非を論じることが主題ではないと感じた。それなら「さがす」という題にはしないと思う。父親が巻き込まれた一連の事件に対して、年端も行かない娘が「さがし」出したものは、ひどく残酷だけど、同時にこの映画を非常に倫理的な仕上がりにしている。結末で抱かされた感情は、自分の倫理観と地続きになっている気がして、「真面目な映画だなあ……」と感心した。
親と一緒に観たくない程度のグロとエロがあるけど、ノイズにはならない。冷たい熱帯魚と比べればゴールデンタイムに流せる(比べる対象がおかしくないですか?)。
工作 黒金星と呼ばれた男
2022年上半期って、厳密にはまだ終わっていないんだけど、のこり10日あまりでこれを越える映画は観ないだろうということで記事を書くに至った。これ、ずっと観たかったけど「観ちゃうの勿体ないなあ……」って数か月あたためてたんですよね。結論から言うと2022年上半期ベストである。
別に年始一発目にただ悪より救いたまえを劇場で観て「やっぱりファン・ジョンミンは最高なんじゃ~~~」となった勢いでウォッチリストに入れたわけじゃないですよ。そんでもって今回の記事にただ悪も含めたかったけど、そしたら「2022年上半期良かったもの 韓国映画編」になるからぐっと堪えてこっちだけを採用する。
別に意識して韓国映画ばかりを観ていたわけじゃなくて、良かったものを挙げると韓国映画ばかりになっちゃうんだよなこの上半期。期待してたアニメ映画が軒並みいまいちだったこともあるかもしれない。
今作に話を戻すと、敢えてかなり雑なマーケティングをするならば「韓国版クーリエ」です。クーリエも最高の映画なのでよろしくお願いします。クーリエは冷戦真っ只中のロシア、もといソ連に、CIAとMI6の依頼で英国人のセールスマンが潜入する話だったけど、今作はもう少し近年の1990年代、韓国の軍人が事業化に扮して核開発に舵を切った北朝鮮に潜入するという話。
事実ベースなので、フィクショナルな起承転結やアクションシーンがあるわけではないが、国境を越えた途端に『監視されている』という張り詰めた緊張感が走って、ずっとはらはらしながら見入ってしまう鑑賞体験は、やはりクーリエに通ずるものがある。軍服と共産主義が似合いすぎてるチュ・ジフン(上に紹介した『神と共に』のヘウォンメク役である)だけは絵面良すぎてフィクションじみている。
拷問されてえ~。
作中、金正日が代役で出てくるんだけど、それがメタ的に「こういった映画を作れる程度には南北の関係は緩和されているのかな」という示唆を与えるのが、ドキュメンタリ映画として非常にうまいつくりだなと感じた。何せ作中では、南の広告を北の映像で撮りたいというだけで、金正日に面会するみたいな流れがあるから。クーリエもそうだったけど、わたしはいかんせん不勉強なので、*1教科書に載らない人たちの活躍を、こういった良質な創作物で知る機会が得られるのはとてもありがたい。
クーリエを先に観ていたこともあってか、ラストシーンにはふつうに泣いた。正直ショーシャンクのラストの海くらいの感情瞬間風速があった。同時に「やっぱりソ連がいちばんこええや」という奇妙な感情にもなった。
潜入元と潜入先の男二人の大義と友情に報いる構成にはもちろんのこと、もうひとつ、自分でもちょっと思いもよらなかったところで心を打たれている。作中では1997年の韓国の大統領選挙も重要なファクターになるのだが、新宿みたいな都心地で老若男女がひしめき合って、開票結果をいまかいまかと見守るシークエンスがある。当選者が発表されると、支持者たちは泣いて喜ぶ。北がよろしくないことになっている中、かれらが自分ごととして大統領選挙を見守っているようすに、どちらかといえば『政治に無関心な若者』であるところの自分は何だか凄まじい自省に駆られてしまった。調べてみたら当時の大統領選挙の投票率は80%だったらしい。
……とまあ何だか急な自省のニュアンスで締めくくってしまったけれども、わたしが勝手にそういう感じ方をしてしまっただけで、黒金星はそう身構えずともちゃんと魅せてくれるドキュメンタリ映画である。
クーリエが好きな人にはぜひ観て欲しいし、クーリエを観たことがない人はどっちも観てほしい(強欲)。そしてたしかに存在した影の立役者に思いを馳せてほしい。
以上、2022年上半期良かった映画セレクションでした。
*1:*余談:この手の主題を掲げる映画として『犬王』も上半期に観たけれども、ミュージカル・アニメとして建てつけるには諸々の表現が嚙み合っていないように感じていまいち没入できず。スタッフとキャストが豪華なだけに勿体ない印象だった……。